展望タワーの21階から撮影

駿府城の天守台ってどんなの?

4年間の発掘調査の集大成。おそらく最後の発掘調査説明会に行ってきました!あいにくの天気で…午前中は曇り、午後から雨という予報でしたが、たくさんの方がいらしていましたよーーー★

さて、駿府城の天守台ですが。明治期に天守台の上部がカットされ、天守台の基底部だけが残されてコンクリートの中で眠っていました。

高さは5mくらいかな?

基底部というても結構な高さです。本当に巨大だということがわかります。

大きさは南北68m、東西61m!!しかも、天正期天守-小天守や慶長期天守-小天守の石垣が入り混じっちゃって(*/▽\*)ぎゃー複雑❤️

まぁ、詳しいことは私のHPではなく、きゃっしるのHPを見てください✨▶︎ 発掘情報館きゃっしるhttp://www.shizuoka-bunkazai.jp/castle-info/

今回の報告は「橋」と「天正期小天守の石垣」

<本丸と二の丸をつなぐ橋>

さて、今日の内容は主に2つの報告でした。

お馴染みの増山さんによる説明も
現場の写真にいなもと加筆

慶長期天守台から橋が伸びていたことがわかったそうです。しかも、堀底には柱や8ヶ所の柱穴も見つかっています。木橋は20,30年で取り替えになるそうなので、いつの柱かはこれから調べていくけど、寛永12年に焼けた木材もあるとかないとか…。なお橋の長さは37mだって‼️うん、長いぞ‼️

面白いなって思ったのは、堀底の構造。堀底は栗石がびっしりあったそうで。しっかりした堀底を作るために栗石で整備したのではとおっしゃっていました(そのハズ) 。駿府城の栗石の量がえげつないです。

なお、堀底からは木橋に使っていた鎹や鋲も見つかったそうですよ。そういえば、今回の説明場所とは全然関係ないですけど、一昨年の発掘調査体験でいなもとが木の釘を見つけたことを思い出しました(笑)あれは感動ものだったけど、調査員さんいわくよく出るそうです(*/▽\*)💦

きゃっしるに展示されています!

<天正期の小天守>

金箔瓦が大量に見つかったことで、天正期の天守は豊臣配下の中村一氏だーなんて話がテレビや新聞でも取り上げられていましたが。あくまで可能性の一つにしか過ぎません。

今回こそ4年間の集大成ということで、静岡市の見解が知りたい‼️

左が慶長期に堀を埋めて築いた石垣。
右が天正期の小天守の石垣。赤いポールが天守台隅で、赤い紐が小天守台のライン
人がすごくてなかなか見えない!でも午後は土砂降りの雨だから途中で撤退しました💦

さて。何から記して行こうかな…(笑)

結論からいうと、説明の中で中村一氏の名前は出ませんでした。その上で、松平家忠の『家忠日記』の文献と合わせてこんな見解を。
・天正16年に天守の材木を準備された
・天正17年に小天守の普請を手伝わされた
天正17年台に、今でいう工務店レベルの技術者を雇っていた家康だけではこんな小天守を作れない。今でいう大手建設会社のような技術者を雇えた豊臣秀吉下でしかない。

ということでした‼️

つまり、天正15年頃に天正期天守台の土台を築いたんじゃないかな?というお考えでした。ちなみに中村一氏の駿府入りは天正18年、家康が秀吉の家臣になったのは天正14年だそうです。

これは参った〜〜‼️‼️頭の中ぐちゃぐちゃになってきました。間違えて聞き取っていたら申し訳ございません(><) まだまだ色々教えて頂いたのですが、現地に来た人だけの情報ということでこれにて切り上げます💕 もうすぐブルーシートで覆っちゃうから2〜3日の間に来た方がいいですよーとのことでした❗️住みたいぜ、駿府😭

天正期の天守にも井戸あったのか!こらすごい!

これはすみません、今川の井戸だと思っていました˚▱˚

石垣の上の方に一人立っている方が見えますか?その方の下に、慶長期天守の井戸遺構

あの人の役やりたいよね。なお、今川の薬研堀は、中央にあって全然見えなかったです😭

個人的に気になったこと

上が天正期天守の裏込め石
下が慶長期天守の裏込め石

ここからは自分への記録的のためにも質問したこと、気になったことをザックリ記します。

・天正期天守と慶長期天守の裏込め石について→相対的にみて、天正期の方が薄い印象とのこと。厚さは1mくらい。ただ、天正15年前後にしては厚い印象。ちなみに慶長期天守台の裏込めは6mだって!ヤバすぎる!

・天正の石垣に矢穴はなかった→仮に天正18までだったとして、「やっぱりな」という印象と、じゃあ観音寺系はなんなの?という疑問。

手前にあるミゾ?凸部?つきの石、気にならない?

この展示されている石、堀底から見つかったそうです! でも、こんなミゾ?凸部?のある石がわけわからん。わざわざ石を削ったの⁇

疑問に思ってスタッフの方に質問してみたところ、間詰め石だというのです。…ええ?角石などの大きいサイズだとこんなわざわざミゾ彫った間詰め使うんだろうか⁇

現物を見ていないことと、全く想像できていないことから無知の私はしっくりきていないです(笑)だれかご存知の方教えてください。


というわけで。駿府城に至ってはSNSやブログへの投稿OKということで、書かせていただきました!

今後が気になる

野外展示どうなるのかな?

「素晴らしい」と感じたのは、最後のアンケートで今後の展開をどうしていくべきかを記入して広く意見を募集しているところでした。

個人的には天守再現はやめて頂きたいと思っていて、福岡の鴻臚館みたいな展示室ができたら嬉しいなと思っています。これからの駿府城が楽しみ!!引き続き、追いかけます!!

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