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今日はさいたま市のすぐ横、伊奈町のイベントに参加してきました!目的は障子堀の発掘調査現地説明会なのですが、見学するためには申し込みが必要です。そして付随して上記のイベントも加わってきます。

このイベントが500円の有料イベントであるということに驚きなのです!!こういう町づくりイベントを有料で行うことがすごいと思うのです⭐️そして大事だと思うのです。ぜひ来年も続けてください。(お弁当も豚汁もいただけるので元は取れますよ❗️)

まずは、みんなでウッドチップを撒くぞ

結構雨が降ってきたのですが…(笑)参加者数はすごいです。なんとなく地元の人かな?という感じですが、熱心な城好きさんもいらっしゃいましたよ。

雨にも負けず!配布された軍手をしていざ散策路へ
こんな感じでウッドチップを撒いてきました。しかし、参加人数が多いので、仕事がすぐなくなりました(笑)
私も微力ながらすこしお手伝い。

このように自分で手をかけた場所は愛着がわきますね。地元の城を手入れすると大事に感じるので、こういうイベントはすごく必要だと思います!地元の人に史跡のことを知っていただき、そして守っていただくというのは、役場の方々にとっても大事な仕事なんですよね〜★ 勉強になります^^

待ちに待った現地調査説明会!

ウッドチップを撒いたあとは、大望の現説です!うわ〜楽しみ〜

50人近い人が見学していました

わかりますか?そう、障子堀(一説には堀障子ともいう)!!!!!!遺構を保護しているため土を被せてある山中城とは全然違う、生の障子堀だ〜スゴイ〜すごいです!!!!!大興奮!!!!!><❤️

生の障子堀!トップ部分は鋭く、関東ローム層で滑りそうだ

堀幅4.5〜4.6m、真ん中の桟(さん)から横に畝が繋がっています。全体的に畝は3.5m〜3.8m間隔であり非常に規格的だということです。1560〜1600年頃の障子堀で、出土遺物は出なかったため年代は特定できなかったそうです。

また、障子堀の横に橋があったかもしれないとのこと。(写真だと青文字)ただ、あくまでも説明してくださった方の個人の見解で町の見解ではない点にご注意願いたいとのことでした。ちなみに、障子堀は江戸時代の同時期に埋められてしまったそうですよ。

まぁ、他にも色々おうかがいしたのですがこの辺で。現説にいらした方だけのお得情報ってことで✨

うん。発掘調査の現地説明会では「よくわからない」とか「余計わからなくなった」というお話を聞きますが、コレが面白いんですよね。だって、当時の築城者と、近現代の学芸員さんたちの時代を超えた知恵バトルなんですよ。もうたまりませんね❗️

個人的な見解を勝手にさせていただくと、きっと1590年の小田原攻め前に急いで作った障子堀なんだろうなと考えています。ただ、北側が沼だったというのも気になりますし、虎口が特定されていないというのも気になります。代官の陣屋となったらもう強固な堀は不必要だし、埋めっちゃったほうが楽っしょーみたいな感じなのかな?あぁ妄想するの面白い❤️

伊奈氏屋敷の障子堀とは

障子堀がババンとでている跡をコンクリでマーキングしている

伊奈氏屋敷のあった場所は、江戸時代に裏門跡といわれている所から障子堀が見つかっています。現在は埋められていますが(こんなのがあったら子供たちが落ちたら危ないですし、遺構保護のため)、場所がわかるようにコンクリでマーキングされています。

伊奈町のHPより引用
(伊奈町のHPより引用し加筆)

橋からの写真だと分かりにくいので、上空写真を伊奈町のHPから引用すると、こんな感じ。ちなみに黄色い部分が今回の発掘調査場所です。ほほーなるほど。あちらにいくんですね!谷の方向に落ちるかと思っていました!!!!!!

あぁ〜楽しみだな。来年の発掘調査説明会も。なんなら、発掘のアルバイトをさせていただきたいくらいです!!!!

詳しい伊奈氏屋敷跡、そして江戸時代に代官頭として活躍してからの伊奈陣屋についての歴史を知りたい方は、ご自身で検索してください(笑)

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